わずかな時間


by rin6174

父の話

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このブログでは、何度か父の話をしてきました
みなさんに、励まして頂いたことが思い出されます
その節は、本当に、ありがとうございました

残念ながら父は、昨年の12月に亡くなりました
写真は、通夜の晩に父と飲もうと持参した紅乙女、胡麻の焼酎です

父と飲んだのは幾年ぶりでしたでしょうか
「うまいなあ」という声を聞いて飲みたかった

大分落ち着いたので、気持ちを整理するつもりで
書いてみることにしました




母が亡くなって一人暮らしになってしばらくして、
脳内出血を起こし左半身不随となったあとは
介護施設に、そしてその後は特別養護老人ホームでお世話になっていました


昨年の11月、食べたものを飲み込めなくなったと連絡がありました
高齢で、認知症でもありましたので、食べ物を口に入れたり、
それを飲み込むといったようなことを、忘れてしまったかのようでした
施設の方が、根気強く食べさせて下さっていましたが、
誤嚥の危険もあるので、あまり無理には口に入れられません
水分はポカリスエットのようなものにとろみをつけて、
スプーンで長い時間をかけて、口に入れてもらっていました

昨年夏に一度食べ物を飲み込めなくなり、
その時は入院して点滴で体力を少しずつ戻していき、何とか退院したのですが
11月は、点滴をしようにも血管が弱り過ぎており、
胃瘻も、血液が固まりにくい状態で難しいと言われました
数年前には壊死した左足も切断し、両腕は褥瘡で包帯に覆われた姿でした
これ以上父の負担を増やすことはできないと感じました
頑張ってほしいと思うのは周囲のわがままかと思いました

いつどうなってもおかしくない状態だからと、
知らせを受けてからは、出来るだけ広島に出かけました
幾度目かの見舞いの時、ちょうど眠っている時にあたりました
ですが、静かに声をかけると目を覚ましました
数年前から、父はかなりぼんやりとしていましたが、
会いに行った時に私が誰なのか、
また何という名前なのか、わからなかったことはありませんでした

その時も、ぼんやりしていながらも、あれこれ話しかけるうちに
私の名前も言えるようになりました
そのうち、何か意味不明なことを父が言いました
歯がもうないので、何を言っているのか聞き取れません
聞き返すと、同じような発音で何かを言っています
おそらく、同じことを繰り返し言っているのだろうと思い、
何度も聞き返しましたが、やはりわかりません

残念ですが諦め、「電車の時間があるからそろそろ行くね」というと
何かこう、憤慨したような、苦しそうな、何か言いたそうな顔になりました
そして、私とはまったく別の方向を向いてしまい、眼を合わせてくれなくなりました
それまでも、見舞いに行って、帰る時は「行くね」といったあとは
目を合わせてくれなくなっていましたが、最後にはこちらを向いて手を振ってくれていました
でも、この日は何をどう頼んでも、眼を合わせてくれませんでした

父の手を握って、「お父さん、こっち向いてもう一回名前呼んでくれないと帰れないよ。お願いだからこっち向いてくれない?」と覗き込んで何度も言いましたが駄目でした
私の手も離そうとしません・・・何の栄養もとっていないのに、
どこにこんな力があったのかと思うような強い力でした

「また来るからね、ちゃんとお水飲んでよ?じゃあね、お父さん・・・じゃあね」
仕方なく、部屋をあとにしました

それが生きている父を見た最後になりました

数日後の夕方、兄から「お父さん、血圧が下がり始めました」というメールが入り、
そのわずか30分後、「お父さん、今息を引き取りました」

あの時、父は私に何を言おうとしたのか
ずっと考えていますが、わかりません
私がずっと父と部屋にいれば、また眼を合わせて、何か言ってくれたのでしょうか


そのことは、まだ私の中で整理がついていませんが、
父を忘れることはないので、
家で一人で飲むときは、一緒に飲んでいるような気持ちでいます
by rin6174 | 2014-05-06 19:55 | 心の想い