日々是好日:心の想い
2020-04-13T17:52:19+09:00
rin6174
わずかな時間
Excite Blog
3年半ぶりの心の想い
http://rintmk.exblog.jp/31011625/
2020-04-13T14:03:00+09:00
2020-04-13T17:52:19+09:00
2020-04-13T14:03:23+09:00
rin6174
心の想い
とても久しぶりにブログの投稿画面を開いています
その前に、よくお邪魔していた方々のブログを見せていただきました
記事がアップされてお元気そうな方もあり、私のように
しばらく更新がなくどうしていらっしゃるかわからない方もあり、でした
それと、自分のこれまでの記事もいくつか読み返してみました
私、こんな長い文章も書いていたんだなと、
懐かしい気持ちで読みました
この数年の老化に加え、自分の日々の過ごし方が原因で体を傷めてしまい
一昨年は腰の手術などして、結構情けない思いをしました
ですが術後約1年半、階段を駆け降りている自分に気づいて
時の経過は、確実に自分を回復させていると思えました
来年還暦になります
四十、五十を迎える時より、
きちんと生きていたい自分が居ます
今の自分を保ちながら、
また思いを少しずつでも綴りたいと思うようになりました
ただの自分の覚え書きになってしまうのだろうけれど、
エキサイトにお金払い続けているし、使います(笑)
…写真は絵みたいですが写真です(笑)
撮ってみたら絵みたいなものになっていました
じき芍薬の季節、お花屋も扉を閉ざしていて寂しいですが
いまは我慢ですね
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父の話
http://rintmk.exblog.jp/22089089/
2014-05-06T19:55:00+09:00
2014-05-07T07:27:42+09:00
2014-05-06T19:55:20+09:00
rin6174
心の想い
このブログでは、何度か父の話をしてきました
みなさんに、励まして頂いたことが思い出されます
その節は、本当に、ありがとうございました
残念ながら父は、昨年の12月に亡くなりました
写真は、通夜の晩に父と飲もうと持参した紅乙女、胡麻の焼酎です
父と飲んだのは幾年ぶりでしたでしょうか
「うまいなあ」という声を聞いて飲みたかった
大分落ち着いたので、気持ちを整理するつもりで
書いてみることにしました
母が亡くなって一人暮らしになってしばらくして、
脳内出血を起こし左半身不随となったあとは
介護施設に、そしてその後は特別養護老人ホームでお世話になっていました
昨年の11月、食べたものを飲み込めなくなったと連絡がありました
高齢で、認知症でもありましたので、食べ物を口に入れたり、
それを飲み込むといったようなことを、忘れてしまったかのようでした
施設の方が、根気強く食べさせて下さっていましたが、
誤嚥の危険もあるので、あまり無理には口に入れられません
水分はポカリスエットのようなものにとろみをつけて、
スプーンで長い時間をかけて、口に入れてもらっていました
昨年夏に一度食べ物を飲み込めなくなり、
その時は入院して点滴で体力を少しずつ戻していき、何とか退院したのですが
11月は、点滴をしようにも血管が弱り過ぎており、
胃瘻も、血液が固まりにくい状態で難しいと言われました
数年前には壊死した左足も切断し、両腕は褥瘡で包帯に覆われた姿でした
これ以上父の負担を増やすことはできないと感じました
頑張ってほしいと思うのは周囲のわがままかと思いました
いつどうなってもおかしくない状態だからと、
知らせを受けてからは、出来るだけ広島に出かけました
幾度目かの見舞いの時、ちょうど眠っている時にあたりました
ですが、静かに声をかけると目を覚ましました
数年前から、父はかなりぼんやりとしていましたが、
会いに行った時に私が誰なのか、
また何という名前なのか、わからなかったことはありませんでした
その時も、ぼんやりしていながらも、あれこれ話しかけるうちに
私の名前も言えるようになりました
そのうち、何か意味不明なことを父が言いました
歯がもうないので、何を言っているのか聞き取れません
聞き返すと、同じような発音で何かを言っています
おそらく、同じことを繰り返し言っているのだろうと思い、
何度も聞き返しましたが、やはりわかりません
残念ですが諦め、「電車の時間があるからそろそろ行くね」というと
何かこう、憤慨したような、苦しそうな、何か言いたそうな顔になりました
そして、私とはまったく別の方向を向いてしまい、眼を合わせてくれなくなりました
それまでも、見舞いに行って、帰る時は「行くね」といったあとは
目を合わせてくれなくなっていましたが、最後にはこちらを向いて手を振ってくれていました
でも、この日は何をどう頼んでも、眼を合わせてくれませんでした
父の手を握って、「お父さん、こっち向いてもう一回名前呼んでくれないと帰れないよ。お願いだからこっち向いてくれない?」と覗き込んで何度も言いましたが駄目でした
私の手も離そうとしません・・・何の栄養もとっていないのに、
どこにこんな力があったのかと思うような強い力でした
「また来るからね、ちゃんとお水飲んでよ?じゃあね、お父さん・・・じゃあね」
仕方なく、部屋をあとにしました
それが生きている父を見た最後になりました
数日後の夕方、兄から「お父さん、血圧が下がり始めました」というメールが入り、
そのわずか30分後、「お父さん、今息を引き取りました」
あの時、父は私に何を言おうとしたのか
ずっと考えていますが、わかりません
私がずっと父と部屋にいれば、また眼を合わせて、何か言ってくれたのでしょうか
そのことは、まだ私の中で整理がついていませんが、
父を忘れることはないので、
家で一人で飲むときは、一緒に飲んでいるような気持ちでいます
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御座候
http://rintmk.exblog.jp/19451268/
2013-02-27T20:27:58+09:00
2013-02-27T20:27:40+09:00
2013-02-27T20:27:40+09:00
rin6174
心の想い
御座候という大判焼きです
姫路の銘菓だそうです
亡くなった母の好物でした…特に白あん
今月は母の命日があったのですが、仕事のバタバタで命日には何もできず
今日は店が開いている時間に帰って来られたので白あんの御座候を買ってきました
お湯を冷まして綺麗な色の緑茶を淹れました
甘くて美味しいお茶がはいりました
自分がこんな年令になったせいでしょうか、母と話したいと思うことが沢山心に浮かぶのですが
今となっては会話は叶わず
私の心の中で笑う彼女に、ただ話しかけるだけです
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有難くも、恥ずかしい日々
http://rintmk.exblog.jp/16560465/
2011-07-05T21:16:00+09:00
2011-07-07T12:19:12+09:00
2011-07-05T21:17:14+09:00
rin6174
心の想い
五十になりました
まったく実感がわきません
若い頃、五十の自分など少しも想像できませんでした
とにかく、押しも押されもせぬ大人と言っていい年齢であることは
間違いないと思ってはいました
でも、違いました
外見は相応に衰えてきているのですが、
中身は…精神的にはちっとも変わっていません
未熟なままでした
ゴスペルの仲間にどれほど感謝しても足りないくらいのお祝いをしてもらい、
多くの友人から身に余るお祝いの言葉をメールでもらい、
嬉しくて嬉しくて、本当にありがたくて、
正直涙をこらえるのに苦労した程だったのですが、
それと同時に、もう、自分が恥ずかしくて
30になった時も、40になった時も、
まったく実感はありませんでした
いくつになっても中身が成長しないなあと思いはしましたが、
今の自分に比べたらずっと気楽だったとわかりました
今、その時とは比べものにならない程五十が重い…
仲間や友人は、本当に素敵な人たちで、
私にはもったいないような、良い人ばかり
そんなみんなから、もうすごく素敵な言葉を頂きました
それで、嬉しいんですすごく
すごく嬉しいんですけれど、
そんな言葉を頂ける自分でないという自覚が強くあるため、
ひどく恥ずかしいのです
五十でこれは、ダメだろうって
こんな気持ちになったのは、生まれて初めてでした
…
こんな良い仲間に恵まれて幸せな自分は、
もっと頑張ってこの人たちに相応しい自分にならなければなあ~と
つくづく感じてしまった、先週末なのでした
三十路、不惑とはまったく違う今の自分の気持ち
今、気付かなければならない時なのかな
ふう~
ちゃんとした大人に、ならなきゃなあ
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落ち着きませんが
http://rintmk.exblog.jp/16065019/
2011-03-17T09:35:00+09:00
2011-03-17T09:35:29+09:00
2011-03-17T09:35:29+09:00
rin6174
心の想い
無事です
地震前から仕事もプライベートも、
致し方ないことに取り巻かれていたのですが
この地震でそれらはもっとどうしようもないことに変化し、影響を受けています
しかし、色々と助けを貰いながら日々何とかやってます
お世話になっている皆さまに心から感謝致します
あれこれ話してしまいたい気持ちもありますが
今細々書いていると落ち込むので書かないでおこうと、
とにかく頑張ろうと思っています
もっともっとどうしようもない日々の中で頑張っていらっしゃる方々を思い
無事でいる自分は、力を出さなければと思っています
そして出来ることを精一杯やらねば
…頂いているコメントへのお返事が滞っており申し訳ありません
もう少し、落ち着きましたらお返事も、ご報告もさせて頂きたいと思います
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成るようになる
http://rintmk.exblog.jp/15520464/
2010-11-27T01:11:16+09:00
2010-11-27T01:11:30+09:00
2010-11-27T01:11:30+09:00
rin6174
心の想い
「成るようになる」
なのか、
「成るようにしかならない」
なのか、
このどちらを先に思い浮かべるかによって、
その時の自分の心の健全度がわかる
物理的な結果は、
「成るようになる」=「成るようにしかならない」
なのだろうが、
そこに至るまでの思いは、
「≒」どころか「≠」なのかもしれない
今自分の思いは、
「成るようになる」
冷静に、しかし心をこめて
ひとつひとつ 積み上げていこう
「いつまでたっても楽にはならないもんだな~」
「ずっと頑張ってきたつもりなんだけどな~」
と、トシをとっても中身が伴わない私は、
諸先輩方から、「あんたのトシで何を言っとるか!!」と
お叱りを受けそうな戯けたことを、
最近またよく考えている
びろーんと伸びきったゴムみたいに、
疲れて伸びも縮みもしないような気持ちでいると
もう根気は続かない
精神に弾力を取り戻すため、
私はありったけの思いを込めて歌を歌う
自分の歌に涙を流すまで歌う
それで私の心は少しだけふくらみを取り戻し、
そのふくらみを、今度は日々の努力で柔らかくし、
そして大きくしてゆく
自分のお守りはできるだけセルフで、だよね
頑張ろうねえ
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夢
http://rintmk.exblog.jp/15078302/
2010-09-06T20:59:00+09:00
2010-09-06T21:02:05+09:00
2010-09-06T20:59:53+09:00
rin6174
心の想い
お弁当は、ハンバーガーだったんだ
母さんが焼いたハンバーグを パンにはさんだ、
ケチャップとソースを混ぜたのがかかってる、お得意のやつだ
そいつで、兄さんと僕はおなかをいっぱいにして、
また勇んで遊びに飛び出してった
二人でジェットコースターと
海賊船と、コーヒーカップに乗ったあと、
父さんと一緒に、兄さんと僕はかわりばんこにゴーカートに乗って
最後に、父さんと母さん、兄さんと僕
四人で、観覧車に乗った
お日さまはもうだいぶ西の空にかたむいていて
楽しかった一日が終わってしまう寂しさと悲しさで
なんだか僕は涙が出そうになって
ずっと みんなに顔を見せず、外を向いて
遠くの小さな乗り物や
もっと、ずーっと遠くのビルや、海や、橋を見ていた
来るときあんなにうきうきしてくぐった入り口を逆向きに
とぼとぼと出て行って
もう一回だけ振り向くと
お日さまがいなくなったあとの空には
赤く染まった雲と
色とりどりの光で飾られた観覧車がいた
どうしてあんなに美しくて悲しい青だったんだ
目が覚めて、知らずに流れていたらしい涙を拭い、
カーテンを開けて、窓の外を見ると
あの頃の僕と同じくらいの子供 僕の息子が
二つ持っていたグローブの一つを急いで脇にはさんで、
にやっ と笑って、僕に手を振った
父さん
僕は あの時の父さんみたいに
後ろにいてくれるだけで安心できる、そんな父親になれるのかな
大きく背伸びして、両手で音をたてて頬を叩き、後ろを振り返る
フレームの中で静かに笑う父さんは
止まった時の中で、年々かっこよくなっていくみたいだ
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小さい私の、小ささ
http://rintmk.exblog.jp/13675054/
2010-02-07T11:06:15+09:00
2010-02-07T11:06:15+09:00
2010-02-07T11:06:15+09:00
rin6174
心の想い
私に出来ることを
考えてみる
出来るようになりたいことは
沢山あるけれど
出来ることは
本当に少ない
大事にしたいものを
大事に出来ない
悲しみ
悲しみは
時に全身を包んで
私から離れない
]]>
続・まだまだ
http://rintmk.exblog.jp/12216258/
2009-08-29T10:52:00+09:00
2009-08-30T01:13:26+09:00
2009-08-29T10:52:18+09:00
rin6174
心の想い
前回の日記「まだまだ」ですが、こんなことを考えるのは突然というわけではなく、
前々から考え続けていたことなのです
このところ、疲れのせいか年齢のせいか、特によく考えるようになったもので、
つい日記にも書いてしまいました
私の拙い言葉の独り言ではうまく表現できていませんが、こんな想いが高じて先日購入した本、
五木寛之さんの「天命」の本文中に、私の想いによく合った文章をみつけましたので、
二箇所ほど引用させて頂きます
「死を想え(メメント・モリ)」というような教訓的なことばを引くまでもなく、人間はいやおうなく死に向かって一日一日歩いていく存在です。このことはわかりきった事柄であるにもかかわらず、日常生活のなかではほとんど実感がないものです。
私たちは死が目前に迫っていても、なぜそれを実感としてとらえることができないのでしょうか。
とらえることができないから、様子を見ながら生きていくことはできても、その一面で、人生において大変重要な、大きなものを見過ごしているのかもしれないという気がするのです。
死の恐怖というものを常に抱きながら日々を生きていくことは難しい。だから私たちはそれを忘れる、あるいは見ないですますとい知恵をはたらかせてやりすごす。
しかしその一方で、そのために見るべきものを見ず、感じるべきものを感じないで、大きな欠落を抱えたまま、日々行き続けているのかもしれない。そんなふうに思うところがあるのです。
正直言って、自分自身、どんなふうにやがてくる死というものと向き合うのかわかりません。しかしできるだけ死というものをはっきりと、その正体を見すえつつ、生きていくしか道はないのではないか、と考えています。
終戦直後は、朝鮮半島からの「引き揚げ」という非日常的な空間のなかで、たくさんの死を目前にしました。
それでも、自分の死というものの姿は、目に見ることができません。それは他人の死であるかぎり、実体として死を確認することができないのです。他人の死は自分の死の学習にはなりません。どんなに感動的な死であっても、こころに残る死であってもそうです。
死を理解することはできても、実感することは難しい。死に対して自分はどう受けとめ、準備するかということの困難さを考えずにはいられません。死に対しての意識は、時々刻々移り変わる現象のなかで、私たちのかたわらを風景のように流れて過ぎていきます。
死をどう考えるか。死をどう受けとめるか。
そして自分の死にどういう立場をとり、準備をするかという問題ほど複雑で難しい問題はないように思います。
しかし私たちは、どうしてもその問題と取り組まなければならないのです。
「死」が見えてくれば、いま自分が生きている「生」、「命」というものが見えてくるのではないか。そう思うからです。
そして、「あとがきにかえて」の中の、「そうそうそう、そうなんです」と思う一文です
老いや病による肉体的な苦痛はあって当然だ。死んでいくにも大きなエネルギーが必要なのである。しかし、それでもなお自己の死をちゃんと肯定し、憩いの場所へおもむく安心感にみたされて世を去ることができたなら、それは幸福な一生と言っていいだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今生きている日々の中で、このところ何とも落ち着かないこの想いは、
「自分の死」をどう考えるかが腑に落ちていないためでした
勿論「まだまだ」腑に落ちていませんが、こうして、答えを導く助けになってくれる本を見つけたり
様々な人と話をしたり、答えが見つからないまでも求め続けて、
そんな中で生きる時間をしっかり充たしていきたい
そう考えるこの頃なのでした
]]>
まだまだ
http://rintmk.exblog.jp/12197201/
2009-08-26T00:36:06+09:00
2009-08-26T00:36:02+09:00
2009-08-26T00:36:02+09:00
rin6174
心の想い
つまんない独り言なので
来て下さって、本当に嬉しいのですが
この先は適当に読み飛ばすか、スキップして下さい・・・
今まで生きてきた中で
いくつかぶつかった大きな壁を
苦しみ のたうちまわり 地面を這い蹲り
その時の自分なりの答えを見つけて、乗り越えてきた
だから
子供の頃や、若い頃とは、
かなり違う精神状態の自分が今ここに居る
そうして、いくつかそんなことを経験してきて、
多少はわかったような気でいたけれど
まだまだ、全然駄目だ
老いるというのは、頭を含めた体が死に近づくということだ
当然頭も老いるから、呆ける人も多い
では心は?
心という目に見えないものを、大方の人は大事にしている(と思う)
頭は体の一部だから死んだら灰になるが
心は目に見えない非物質的なものだから
無くならない(ような気がする)
老いても、心は成長し、成熟し続ける(と思いたい)
死がもっと腑に落ちれば
生はもっと充実する(のになぁ)
終わりを見ないふりをしてるうちは
死は ふりかかられては困る、慌てふためくものでしかないじゃないか
それでは、生きている時間が疎かになる
もう折り返してから大分経った
確実に近づく死は
私の今の「生」に、何を示すだろう
]]>
今日の空のように泣こう
http://rintmk.exblog.jp/11471821/
2009-05-05T19:08:25+09:00
2009-05-05T19:08:25+09:00
2009-05-05T19:08:25+09:00
rin6174
心の想い
今日の空のように、
たまには泣こう。
心を包み込む映画を観て。
心を貫く音楽を聴いて。
二度と会えない人を想って。
思わず涙がこぼれた時、
隣で同じことに涙してくれた人が居たことを思い出して。
泣ける私は
幸せだ。
思い残すことが見付からないほど。
ここに来て下さる皆様へ
お返事とご挨拶が、・・・遅くなっていて申し訳ありません
予定がこなせない程ではないのですが、体調が今ひとつで
よく申し上げておりますが、頂いたコメントへはゆっくりお返事したいもので
つい遅くなってしまっています
まあ、抱えているいつもの体調不調がちょっと強く症状が出ているという程度で
仕事も私的イベントもこなしてはおりますので・・・
覗いてくださる方でご心配頂きましたら申し訳ありません、ご心配には及びません
これからちょっと、また出かけなければならないので
後ほど、お返事させて下さいませ
本当に、いつもありがとうございます
]]>
限界を感じる
http://rintmk.exblog.jp/11093110/
2009-03-13T23:43:00+09:00
2009-03-13T23:48:16+09:00
2009-03-13T23:44:59+09:00
rin6174
心の想い
あきらめず頑張ってきたつもりだけれど
どれほど頑張っているつもりでも まだまだ足りない
最低ラインも維持できないのか
これが自分の限界か?
・・・凹んだ一日
立ち直れないな・・・
あー、愚痴だ愚痴・・・
もっと大人になれ!!!!!
]]>
大雄山最乗寺
http://rintmk.exblog.jp/10662234/
2009-01-20T01:57:00+09:00
2009-01-20T01:58:31+09:00
2009-01-20T01:57:58+09:00
rin6174
心の想い
ひょんなことから、ここに毎年参拝されるという方々に便乗させて頂けることになり
今月上旬、初めて参拝いたしました
神奈川県南足柄市にある大雄山最乗寺です
http://www.daiyuuzan.or.jp/
御本地十一面観世音菩薩が奉られているのが奥の院(慈雲閣)で、
この手前の階段は350段余り
これを無心に昇ってみたくて、一緒に連れて行って下さいと頼んだのでした
一度も立ち止まらないことを目標に、同じテンポで一歩一歩足を上げていきます
階段の高さが微妙に異なり思ったよりも疲れましたが、
まあ一度も止まらず同じテンポで昇りきりました
冷えた空気を割くように光が射していました
眩しい光で自分が禊がれるようでした
帰省時、いつになく沢山話をした父のことを、思い出していました
以前脳出血で倒れた父は左半身が麻痺して動かず、
兄の住まいの近くの施設でお世話になっています
いつも口数が少なく、私がしゃべっていても
テレビから目を離さないこともあるような父ですが
今回は、いつになく沢山の話をしました
・・・父に、ノートに日々何でもいいから書いたら、って言ったんですね
いつも父の部屋に入って最初に「わたし、分かる?」と訊くんです
で、顔を見て声を聞けば分かるらしく、
「わかる」 「誰?」 「○○」
なんて、名前を言うんですね
ただ、その場に居ない人が問題で、その会話の直後に
「ママは元気でやっとるか」と言うので
「ママって誰?」と訊くと、「T枝」 と
T枝は2004年の2月に亡くなった私の母、父の妻なんですね
まあこのところはいつもそんな調子の会話なので、
そこからは父の身内の誰が生きていて誰が死んでいてどういう間柄で・・・
という話を長々続けます
「あー ・・・ お母さんね、死んじゃったんだよ、病気で・・・覚えてない?」
「・・・ 知らん」
「そうかあ 病院にね、一年入院していたけれどね、だんだん弱って・・・死んじゃった」
「・・・お父さん、毎日病院に行って、しばらくお母さんのそばで本を読んだりして、
帰るときは洗濯物を持って帰ったりしてくれてたんだよ」
「・・・そうか」 「覚えてない?」 「覚えてない」
ただ、この度の、妻が死んでいたということは少なからず衝撃だったらしく
何でも良いから、その日に食べたものや私が来たことや、
私が来て話したことなど書いておいたら、という私の言葉に素直に頷いていました
翌日片手でも開きやすいように、
閉じ部がリングになっているノートとボールペンを持っていくと
早速自分の名前などを書き始めました
T枝亡くなった、とか○○来た、とか、字は微妙に違うんですが、まあ
何とか通じる程度のものにはなっていました
この日、善光寺で買ったお守りを父に渡したのですが
すぐに「お守り有難うお前も気を付けてネ」と書いていました
施設の方との会話や食事を挟んで、少し時間が経つと
ノートに書いたことを忘れたらしく、「お守り、ここに置いておくからね」と言うと
「書いておく」 「え?」 「書いとくからノートくれ」
さっき書いていたよ、と言ったけれど、まあ自分から書くと言っているのだからと思い
ノートを渡しました
ほら、ここにもう書いてくれているでしょ と言って開いた同じ頁に
体を半分起こして、何回もお守り有難う と書いている父をその背中越しに見て、
父が居なくなったら、このノートを見て私は泣くんだろうな と思っていました
私はあと何度父と話ができるんだろう、 とも
]]>
秋の夜長
http://rintmk.exblog.jp/10093255/
2008-11-08T11:09:02+09:00
2008-11-08T11:09:50+09:00
2008-11-08T11:09:50+09:00
rin6174
心の想い
冬に向け日に日に早く陽が落ちるようになり
コバルトから藍色に変わった空が、埃っぽくせわしかった昼間のざわめきを静め
夜の暗さと冷たさが隅々まで行き渡る
深く、自分に入り込んで行けるこの秋の夜を
孤独 も愛する私はとても好ましいものとして受け留めている
が、その入り込み方として、あまりにも、深く静かに、染み入るように自らに沈んで行くので
充実したこの時間に、「寂しさ」という小さなヒビが入ることがある
そしてそれは、うっかりすると「人恋しさ」などという、厄介な亀裂となり、
私の素敵な秋の夜長を脅かす
その亀裂のために私は、
さらに深く自分に入り込み、心の奥底を覗き込む羽目になる
そうして、平生は今の状態を好しとしている私の心の、
小さなホツレを見つけてしまうのだ
私は、独りの時間がとても好きだ これは間違いない
一人旅で、美しい景色に出逢うことなど、想像しただけで本当に胸ときめく
適当なざわめきがたゆたうバーに腰掛け、ウイスキーを舐めながら
少し酔った頭でとりとめない考え事をする時間など何物にも代え難い
だが、この季節の長い夜、心の深淵を覗く羽目になった私は
この心の解れた糸を
怖いもの見たさで引っ張ってしまう
すると、
「このままで、いいのか~?」
「今が本当に、いいのか~?」
「本当は、もっと大事にしたいものが、あるんじゃないのか~? あ?」
などと言うフキダシが、ポロポロと、こぼれてくるのだ
要は、「独りで、自分を一番大事にそーっと生きていく人生で一生を終えていいのか?」
・・・そんなことを、もう一人の私は言いたいのだろう(笑)
勿論、日頃も、深層心理にこの手の疑問が存在することを否定はしない
が、普段その疑問の存在をほとんど感じないし、それらは表に出てきて私を刺激もしない
それほど、独りを心地良く思えるタイプの人間だ
・・・だが、長い夜は、
「自分で自分に嘘ついてないのか~?あ?」
と、容赦なく私を攻撃するのだ
・・・困ったものだ
「人恋しさ」からじわじわと飛躍して
否応無く、「愛」なんて取り沙汰せねばならなくなる、秋の夜長は、
ちょと、 しんどい
なあ
]]>
気がつけば
http://rintmk.exblog.jp/9860832/
2008-10-05T09:13:49+09:00
2008-10-05T09:14:30+09:00
2008-10-05T09:14:30+09:00
rin6174
心の想い
10月、神無月となっておりました
9月はとうとう一度も更新せず・・・
ちょっと、流されている自分を感じている今日この頃
自分の軸がぶれているので
気がつくと、時間の経過を感じないままあっという間に日々が過ぎている
自分の中では、それは時間をただ「消費」してしまったことになる
日々の物理的内容が薄いというわけでは決してなく
それをこなす私の精神的な問題であることは、自分の中では確実だ
私の生きる上での理想の姿勢である、
「気負わず力まず、さりとて腐らず 些細なことを疎かにせず」
一時期、少し近づいてきたかな と思ったことがあったけれど
いやはや、まだまだ
特に、「些細なことを疎かにせず」
これは、軸がぶれている自分ではできないことだと
今更ながら感じている
自分にとって、疎かにできない些細なことが何なのかを判断する力が鈍るからだ
さ、逃げていることから目を逸らさず
バラバラの心と身体を、整えていこう
・・・心を整理するための、独り言でした
]]>
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