わずかな時間


by rin6174

カテゴリ:心の想い( 25 )

父の話

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このブログでは、何度か父の話をしてきました
みなさんに、励まして頂いたことが思い出されます
その節は、本当に、ありがとうございました

残念ながら父は、昨年の12月に亡くなりました
写真は、通夜の晩に父と飲もうと持参した紅乙女、胡麻の焼酎です

父と飲んだのは幾年ぶりでしたでしょうか
「うまいなあ」という声を聞いて飲みたかった

大分落ち着いたので、気持ちを整理するつもりで
書いてみることにしました

長文なので・・・
by rin6174 | 2014-05-06 19:55 | 心の想い | Comments(6)

御座候

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御座候という大判焼きです
姫路の銘菓だそうです
亡くなった母の好物でした…特に白あん

今月は母の命日があったのですが、仕事のバタバタで命日には何もできず
今日は店が開いている時間に帰って来られたので白あんの御座候を買ってきました

お湯を冷まして綺麗な色の緑茶を淹れました
甘くて美味しいお茶がはいりました


自分がこんな年令になったせいでしょうか、母と話したいと思うことが沢山心に浮かぶのですが
今となっては会話は叶わず

私の心の中で笑う彼女に、ただ話しかけるだけです
by rin6174 | 2013-02-27 20:27 | 心の想い | Comments(4)
昨日、誕生日だったのです


五十になりました
まったく実感がわきません
若い頃、五十の自分など少しも想像できませんでした
とにかく、押しも押されもせぬ大人と言っていい年齢であることは
間違いないと思ってはいました

でも、違いました
外見は相応に衰えてきているのですが、
中身は…精神的にはちっとも変わっていません
未熟なままでした

ゴスペルの仲間にどれほど感謝しても足りないくらいのお祝いをしてもらい、
多くの友人から身に余るお祝いの言葉をメールでもらい、
嬉しくて嬉しくて、本当にありがたくて、
正直涙をこらえるのに苦労した程だったのですが、
それと同時に、もう、自分が恥ずかしくて

30になった時も、40になった時も、
まったく実感はありませんでした
いくつになっても中身が成長しないなあと思いはしましたが、
今の自分に比べたらずっと気楽だったとわかりました
今、その時とは比べものにならない程五十が重い…

仲間や友人は、本当に素敵な人たちで、
私にはもったいないような、良い人ばかり
そんなみんなから、もうすごく素敵な言葉を頂きました
それで、嬉しいんですすごく
すごく嬉しいんですけれど、
そんな言葉を頂ける自分でないという自覚が強くあるため、
ひどく恥ずかしいのです
五十でこれは、ダメだろうって
こんな気持ちになったのは、生まれて初めてでした



こんな良い仲間に恵まれて幸せな自分は、
もっと頑張ってこの人たちに相応しい自分にならなければなあ~と
つくづく感じてしまった、先週末なのでした

三十路、不惑とはまったく違う今の自分の気持ち
今、気付かなければならない時なのかな

ふう~


ちゃんとした大人に、ならなきゃなあ
by rin6174 | 2011-07-05 21:16 | 心の想い | Comments(17)

落ち着きませんが



無事です

地震前から仕事もプライベートも、
致し方ないことに取り巻かれていたのですが
この地震でそれらはもっとどうしようもないことに変化し、影響を受けています
しかし、色々と助けを貰いながら日々何とかやってます
お世話になっている皆さまに心から感謝致します

あれこれ話してしまいたい気持ちもありますが
今細々書いていると落ち込むので書かないでおこうと、
とにかく頑張ろうと思っています

もっともっとどうしようもない日々の中で頑張っていらっしゃる方々を思い
無事でいる自分は、力を出さなければと思っています
そして出来ることを精一杯やらねば




…頂いているコメントへのお返事が滞っており申し訳ありません
もう少し、落ち着きましたらお返事も、ご報告もさせて頂きたいと思います
by rin6174 | 2011-03-17 09:35 | 心の想い

成るようになる

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「成るようになる」
なのか、

「成るようにしかならない」
なのか、

このどちらを先に思い浮かべるかによって、
その時の自分の心の健全度がわかる

物理的な結果は、
「成るようになる」=「成るようにしかならない」
なのだろうが、

そこに至るまでの思いは、
「≒」どころか「≠」なのかもしれない


今自分の思いは、
「成るようになる」

冷静に、しかし心をこめて
ひとつひとつ 積み上げていこう

長い独り言
by rin6174 | 2010-11-27 01:11 | 心の想い | Comments(2)

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お弁当は、ハンバーガーだったんだ
母さんが焼いたハンバーグを パンにはさんだ、
ケチャップとソースを混ぜたのがかかってる、お得意のやつだ

そいつで、兄さんと僕はおなかをいっぱいにして、
また勇んで遊びに飛び出してった

二人でジェットコースターと
海賊船と、コーヒーカップに乗ったあと、
父さんと一緒に、兄さんと僕はかわりばんこにゴーカートに乗って
最後に、父さんと母さん、兄さんと僕
四人で、観覧車に乗った

お日さまはもうだいぶ西の空にかたむいていて
楽しかった一日が終わってしまう寂しさと悲しさで
なんだか僕は涙が出そうになって
ずっと みんなに顔を見せず、外を向いて
遠くの小さな乗り物や
もっと、ずーっと遠くのビルや、海や、橋を見ていた




来るときあんなにうきうきしてくぐった入り口を逆向きに
とぼとぼと出て行って
もう一回だけ振り向くと
お日さまがいなくなったあとの空には
赤く染まった雲と
色とりどりの光で飾られた観覧車がいた

あの空は、あの時の空は、
by rin6174 | 2010-09-06 20:59 | 心の想い | Comments(8)

小さい私の、小ささ


私に出来ることを

考えてみる

出来るようになりたいことは

沢山あるけれど

出来ることは

本当に少ない

大事にしたいものを

大事に出来ない
悲しみ

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悲しみは

時に全身を包んで

私から離れない
by rin6174 | 2010-02-07 11:06 | 心の想い | Comments(19)

続・まだまだ


前回の日記「まだまだ」ですが、こんなことを考えるのは突然というわけではなく、
前々から考え続けていたことなのです
このところ、疲れのせいか年齢のせいか、特によく考えるようになったもので、
つい日記にも書いてしまいました
私の拙い言葉の独り言ではうまく表現できていませんが、こんな想いが高じて先日購入した本、
五木寛之さんの「天命」の本文中に、私の想いによく合った文章をみつけましたので、
二箇所ほど引用させて頂きます

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「死を想え(メメント・モリ)」というような教訓的なことばを引くまでもなく、人間はいやおうなく死に向かって一日一日歩いていく存在です。このことはわかりきった事柄であるにもかかわらず、日常生活のなかではほとんど実感がないものです。
 私たちは死が目前に迫っていても、なぜそれを実感としてとらえることができないのでしょうか。
 とらえることができないから、様子を見ながら生きていくことはできても、その一面で、人生において大変重要な、大きなものを見過ごしているのかもしれないという気がするのです。
 死の恐怖というものを常に抱きながら日々を生きていくことは難しい。だから私たちはそれを忘れる、あるいは見ないですますとい知恵をはたらかせてやりすごす。
 しかしその一方で、そのために見るべきものを見ず、感じるべきものを感じないで、大きな欠落を抱えたまま、日々行き続けているのかもしれない。そんなふうに思うところがあるのです。
 正直言って、自分自身、どんなふうにやがてくる死というものと向き合うのかわかりません。しかしできるだけ死というものをはっきりと、その正体を見すえつつ、生きていくしか道はないのではないか、と考えています。

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 終戦直後は、朝鮮半島からの「引き揚げ」という非日常的な空間のなかで、たくさんの死を目前にしました。
 それでも、自分の死というものの姿は、目に見ることができません。それは他人の死であるかぎり、実体として死を確認することができないのです。他人の死は自分の死の学習にはなりません。どんなに感動的な死であっても、こころに残る死であってもそうです。
 死を理解することはできても、実感することは難しい。死に対して自分はどう受けとめ、準備するかということの困難さを考えずにはいられません。死に対しての意識は、時々刻々移り変わる現象のなかで、私たちのかたわらを風景のように流れて過ぎていきます。
 死をどう考えるか。死をどう受けとめるか。
 そして自分の死にどういう立場をとり、準備をするかという問題ほど複雑で難しい問題はないように思います。
 しかし私たちは、どうしてもその問題と取り組まなければならないのです。
「死」が見えてくれば、いま自分が生きている「生」、「命」というものが見えてくるのではないか。そう思うからです。

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そして、「あとがきにかえて」の中の、「そうそうそう、そうなんです」と思う一文です

 老いや病による肉体的な苦痛はあって当然だ。死んでいくにも大きなエネルギーが必要なのである。しかし、それでもなお自己の死をちゃんと肯定し、憩いの場所へおもむく安心感にみたされて世を去ることができたなら、それは幸福な一生と言っていいだろう。


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今生きている日々の中で、このところ何とも落ち着かないこの想いは、
「自分の死」をどう考えるかが腑に落ちていないためでした
勿論「まだまだ」腑に落ちていませんが、こうして、答えを導く助けになってくれる本を見つけたり
様々な人と話をしたり、答えが見つからないまでも求め続けて、
そんな中で生きる時間をしっかり充たしていきたい
そう考えるこの頃なのでした
by rin6174 | 2009-08-29 10:52 | 心の想い | Comments(15)

まだまだ

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つまんない独り言なので
来て下さって、本当に嬉しいのですが
この先は適当に読み飛ばすか、スキップして下さい・・・

More
by rin6174 | 2009-08-26 00:36 | 心の想い | Comments(5)

今日の空のように泣こう

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                    今日の空のように、

                    たまには泣こう。




                    心を包み込む映画を観て。

                    心を貫く音楽を聴いて。

                    二度と会えない人を想って。


                    思わず涙がこぼれた時、
                    隣で同じことに涙してくれた人が居たことを思い出して。



                    泣ける私は
                    幸せだ。

                    思い残すことが見付からないほど。






ここに来て下さる皆様へ

お返事とご挨拶が、・・・遅くなっていて申し訳ありません

予定がこなせない程ではないのですが、体調が今ひとつで

よく申し上げておりますが、頂いたコメントへはゆっくりお返事したいもので

つい遅くなってしまっています


まあ、抱えているいつもの体調不調がちょっと強く症状が出ているという程度で

仕事も私的イベントもこなしてはおりますので・・・

覗いてくださる方でご心配頂きましたら申し訳ありません、ご心配には及びません


これからちょっと、また出かけなければならないので

後ほど、お返事させて下さいませ



本当に、いつもありがとうございます

by rin6174 | 2009-05-05 19:08 | 心の想い | Comments(9)