わずかな時間


by rin6174

記憶の引き出し

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散歩の終わりに出会った
ゲートの向こうのランドマーク





目に映る景色は、記憶の引き出しに入れておくと
少しずつ 時の流れという筆が入れられていくらしい

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目で見たその時のそのものから
多少変化したとしても
印象がより際立ち強調されていくならばそれもよし
薄れて消えてしまうよりは

引き出しの中は
愛しいもので一杯だ








画に加工すると、いきなり遠い思い出の景色のようになってしまう感じがします
写真は一瞬で撮れますが、画は描くのに相応の時間が掛かるので
そういう先入観からそう思うのかもしれませんが
2枚目は、私の印象をより強調するため、画にしてみました

でも、日も落ちかかったこの散歩の終わりの景色は
写真を撮るその瞬間から既に思い出になってしまったような感がありました
2枚目の、わざわざポスタライズしたものでなくても
遠い日に出会った景色のようでした
何故でしょう
一日の終わりに出会ったから、その日とのお別れ と無意識に思ったのでしょうか

この日に出会ったのは、
あちこちに咲き始めた桜と一緒に四角の中に納まった、街の建物や船
けれど どの景色よりも私の心に留まっているゲート越しのランドマーク

少し寂しいので、同じ場所にもう一度行ってみようなどと思う
潔くないなあ などと思う
Commented by corobo at 2006-03-27 00:06
僕は、こまった時、つらい時、涙がじわっと気持ちに中に
湧き出てきたときに全てが解決する時がよくあります。
どうしたらいいかなんてわからない、つらくてたまらない時に
泣けてきたらもうこっちのものなんです。
解決「策」なんてもう考えなくてよくなるときです。
涙が出るという現象は、一面では「気弱」になったと思える
感情の動きに見えて、反面、全て第一歩目に立ち戻って
ものを考えられる時。涙が出るその時の感情は、自分の
見栄、欲、驕りなどなど、そんなもの全てなくなって
いる。

「愛しいもので一杯だ」
そう思えたのなら、引き出しの中は本当は、
「強さ」で一杯なのかも。
Commented by rin6174 at 2006-03-27 00:32
coroboさん

泣くというのは心のカタルシスだと思っています
泣けてしまえばしめたものですが、年々泣けなくなっていることも確かです

今はまだ引き出しの中を「愛しいもの」と言えます
出会った景色に比喩される様々なものとの別れに感じるセンチメンタルを
潔くないと感じたようですが、まあそれはそれでよしとしておこうかなと・・・
Commented by corobo at 2006-03-27 01:11
そうそう、そのカタリシスですよ。
泣くというのは最もわかりやすいカタリシスでしょうが、
センチメンタルと思う心もカタルシス現象の一種だと
思うんですけど。
自分ではどうかと考えてみると、食道の中間くらいから胃袋の
辺りまで、何かがスーット抜けていくようなセンチメンタルな感覚に
なれたとき、泣くのと同じくらいカタリシスに浸った時と想像します。

「潔くない」じゃあなくて、センチメンタルな気持ちを感じた時に、
倫さん、あなたは知らないうちにアグレッシブになってるんですよ、きっと。
Commented by rin6174 at 2006-03-27 01:20
coroboさん

カタルシスは泣く方が手っ取り早いのですが、若い頃のようには泣けません(笑)
確かにセンチメンタルに浸った時も同じような効果がありますね

アグレッシヴと言えば言えなくないのかもしれませんが
私、目指すところが「受容」で「凪」ですから(^^;
Commented by corobo at 2006-03-27 02:37
「受容」で「凪」もアグレッシブな出発点、
って、この辺でやめときます。

お互い頑張りましょうね。
Commented by arizo02 at 2006-03-27 15:18
先日、横浜へランチクルーズに行ったとき、桜木町から関内にかけて
東横線沿いに16号線から本町通りへと左に入りました。
昔、その運河を越えると大きなボーリング場があり、
その先かつて横浜の丸の内と呼ばれた尾上町周辺も
大きく変わりました。馬車道の東宝会館もなくなってから久しいです。

わたしの覚えている「らしい横浜」もあまり残っている部分が
少なくなっています。
もちろん観光地のモトマチや
中華街(知らないうちに路面が綺麗になっていましたね。)
もずいぶんと変わっているのですが。
思い出にするには絵でも写真でも、
できるだけ残すことが大事なのかなとも思います。
Commented by rin6174 at 2006-03-28 06:40
coroboさん

もしかしたら無意識にアグレッシヴになっているのかもしれませんね
自分の生活を冷静に見つめるとそんな気もしてきます
いずれにせよ、まだまだ「何故何故くん」の癖は治りそうにありません(笑)
Commented by rin6174 at 2006-03-28 06:44
arizoさん

記憶の引き出しにしまうだけでは、思い出のかたちがあやふやになってきますね
昔からカメラをいじっていたら、少しは自分の懐かしい、宝物のような景色とともに
その頃の自分も・・・鮮やかな思い出として残して置けたのかもしれません

残すこと
これからでも、遅くはないですよね(笑)
by rin6174 | 2006-03-26 23:38 | 散歩 | Comments(8)