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去年の夏


夏がいっぱいだ
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やあ、そこにいたんだね
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母の初盆、久しぶりに父と兄と、車で出かけました
実家からそう遠くない、中国山地の中、広島と島根の県境あたりまで
よく晴れた日、エアコンのない、車高の高い兄のアメリカ・トラックで(笑)

暑い暑い日
その粘るような暑さと、帰宅しても母がそこに居ないということが、
私達3人の、共通の苦痛と喪失感でした

by rin6174 | 2005-07-03 20:38 | 去年の散歩 | Comments(15)

Commented by tabo2005 at 2005-07-03 20:53
倫さん,こんばんは。
何ともコメントのしようがありませんが,お気持ちは察することができます。
私も父の初盆のとき,母と姉と私の3人でその様な気持ちになった事がありましたから。
そのことをふと思い出されたんですね。
最初は可愛いなと思った目に飛び込んできたカエルさんの写真が,文章を読んだあとでは,急に寂しい絵に変わってしまいました。
Commented by tin_box at 2005-07-03 21:46
私は父を亡くして十年以上になりますが、時々、自分が父と同じような動作や言動をしていたりして、唖然とすることがあります。
それは、なんだか懐かしいような不思議な気持ちになるものです。
Commented by arizo02 at 2005-07-03 21:58
強烈な光のなかの写真で、とても暑さを感じます。夏はとかく涼やかな風景とかさわやかな佇まいとか求めがちですが、このように暑さから逃げない毅然とした作品もいいのかなと感じました。
Commented by rin6174 at 2005-07-03 22:15
taboさん

ありがとうございます
カエルを見つけたのは兄で、あ、撮らなきゃ撮らなきゃ、って撮ったのは私で
なんと言うか、そういうドラマを演じていて、いつかはドラマが終わってテロップが流れて
で、そのドラマを見ていたのは母も含めて4人であった、というような錯覚
暑さはそういう錯覚も呼び起こしていました
Commented by rin6174 at 2005-07-03 22:17
tittiさん

動作や言動もそうなのですが、私の場合は顔が・・・とても似てきました
毎日鏡を見ますが、毎日そこに母の面影を見ることができます
やはり、とても不思議な気持ちになります
Commented by rin6174 at 2005-07-03 22:20
arizoさん

カッと照りつける陽射しが、じりじりと痛いほど暑い日でした
小さな花のひとつひとつが、すべて光を受けて光って光って、眩しいほどでした
夏の光の下の命の輝きは、いとおしいほどです
Commented by ssk0004 at 2005-07-03 23:38
昨日からの雨でジトジトと鬱陶しい時間を過ごしておりますが
こうして夏!って写真を見るのもいいものだなと思いました。
でも実際夏になったら暑い~って文句言うんだろうけど。

私も母親が亡くなって3年が過ぎました。
ただ、私が仕事の都合で親元を離れてからが長かったので
未だに亡くなったという事実を忘れるときがあります。
仏壇を見て、そうだったんだ~って思い出したりして。
今思うと、私は今までの人生の半分しか親と一緒に居ませんで
した。親孝行したい時には・・・を、そのまま実践したようです(ーー;)

Commented by rin6174 at 2005-07-04 00:00
さんきちさん

締め切っていると暑いので窓を開けています
道路の雨を、タイヤが切り裂いていく音が切りもなく続いています
関東は昨晩から湿度高くも比較的涼しく、ぐっすり眠ることができました

私も、親元を離れてからの方がはるかに長いので、実は今までと大差ないのですが
母娘で街を歩いている二人連れなど見ると、どうにもしみじみとしてしまいます
時間が経つにつれて、様々なことから実感するようです
Commented by ondtp at 2005-07-04 00:14
椎名誠の奥さんの渡辺一枝さんの本に、母をなくして初めて自分が本当に自立したと感じた、という文章があったと記憶しています。彼女の感じた本当の意味はわかりませんが、それだけ母の存在は大きいということだと理解しました。
また、椎名誠が、家族っていうのは意外といっしょに暮らす時間が短いと書いていました。これはその通りだと思い当たりました。家族みんなが揃っている時間は振り返ってみると本当に驚くほど短いんですね。
『納棺夫日記』買って読んでます。自分も納棺夫になろうか?と発作的に考えました。もちろん実際になることはないですが。そう考えただけでなんだか一瞬少し自由になった気がしました。今の職業とまったく異なった職業につくことを思い浮かべたことで、人生が広がる思いがしたんだと思います。
Commented by corobo at 2005-07-04 01:37
若い頃、こんなことを考えたことがあります。
親は子供を大人に育てる「責任」がある。この責任というのは、
愛情とは切り離して、親としての義務としての責任を意味します。
親に「責任」はあるなら、子供に「責任」はないのか?
子に責任がないとすると、片手落ちのような気がしたんです。
で、考えたのが、20歳くらいまでを親の「責任」の期間として、
子の責任は、50歳くらいからでしょうか、年老いた親を見てあげる
「責任」の期間にしたらいいのではないかと。
そうすると、親も子も、自由で何でもできる期間は30年となります。
どこへでも行けるし、何をやってもいい自由な時期です。
まあ、人それぞれで、私などは、上でいう子の責任はほとんど
果たせないだろうという環境を作ってしまっているわけで、机上の
理屈に終わるかも知れませんが。
つづく
Commented by corobo at 2005-07-04 01:46
つづき
いずれにしても、上の「親子責任論」は、今でも、親子して
すっきり納得がいける筋であるような気はしています。
30年自由ならいいではないか。あとの人生は、親は子に、子は親に
がんじがらめになって生きるんです。法律でも作れば、意外とすんなり
成立なんてことになるかも知れないとひそかに考えてはいるのです。
法律を作って強制的にそうするんです。強制的にしているうちに
30年も経てば、わが国の文化になるかもしれません。

Commented by sakoyan4 at 2005-07-05 22:32
はじめまして、「さこやん」こと下迫 弘樹と申します。
いつもあちこちでコメントは拝見するも忙しさにかまけてご挨拶が遅れましたm(_ _)m

今度の土曜日はご一緒できるようで大変楽しみにしています。
お時間があれば僕の稚拙なブログにもお越し下さい。
以後よろしくお願いしまーす(^o^)

記事と関係ない書き込み失礼しました。
Commented by rin6174 at 2005-07-10 19:13
酔鯨師匠

嬉しいコメントを頂きながら、体力仕事が多かった先週は帰宅後転寝のまま明け方・・・
というパターンが続き、心ならずも今日になってしまいました

私は19で家を出たし、兄も早く結婚して家を出ていたので
家族揃って過ごした時間は本当に短かったです
ですが、年々母に似てくる自分の顔を毎日鏡で見ていると色々考えます

納棺夫日記、途中から仏教の話が多くなり好き嫌いが分かれるところかと思いますが
実際の経験に基づく偏らない視点で書かれているので私は興味深く読みきりました
生活は仕事にかなり制約されますが、仕事をしなければ生活は成り立たず、
このギャップに手かせ足かせを感じることも多いです
でも養わなければならないのは自分の口だけなので、その点でまだまだ気楽かも・・・

Commented by rin6174 at 2005-07-10 19:23
coroboさん

頂いたコメントの中の「責任」について色々考えてみました

とても納得できる図式であると思います
それに、法律にでもしてしまえば、「責任」を果たすことの中の苦痛な部分・・・
感情の嫌な部分を見つめながらの制御も楽になるような気がします
「自由」という言葉の定義がとても自分勝手な生物NO.1かもしれませんよね、人間て
Commented by rin6174 at 2005-07-10 19:25
さこやん

土曜日はありがとうございました
おかげさまで楽しく過ごし、あっという間に時間が経ちました
オバハンでびっくりされたことと思いますが、これに懲りず、今後ともどうぞよろしくお願いしますね
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